死の陰の谷

人はよく、神様にお願いごとをします。
家内安全、合格祈願、無病息災・・・・。
キリストを信じたら、それらの願い事がかなうのでしょうか?
そうではなく、失敗したり、病気になったりしたとき(死の陰の谷を歩むとき)でも、イエス・キリストが共にいてくだされば、希望を持って生きて行けるのです。
それが、キリストに従って生きて行く者の強さなのです。

死の陰の谷」への1件のフィードバック

  1. Mr.dosanko

    吉村美穂様。

    北海道は今日は雨です。そして、寒暖が激しく、今日は外を
    歩くと肌寒いくらいです。
    昨日はDVDを送っていただき、ありがとうございました。
    大変感動して聴きました。
    真心から神様の愛に感動して歌うときに、それは必ず、人の
    心に伝わるものだと思いました。
    「恵」を聴きましたが、「光」と「望」を聴くのが楽しみで
    す。

    今日の記事ですが・・・・、そうですね。
    旧約聖書の詩篇23編は有名で、クリスチャンは暗唱してい
    る方が多いと思います。
    「主は私の羊飼い。私は乏しいことがありません。
    主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴なわれ
    ます。‥‥たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私は
    わざわいを恐れません。あなた(主)が私とともにおられま
    すから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。」
                    (詩篇23:1~4)。

    「死の陰の谷を歩くことがあっても」とありますが、
    家内も5年10ケ月くらい前に、重い血液疾患に罹り、余命
    2、3年と告知されましたが、不思議にいまだに神様の憐れ
    みで生かされています。毎日痛みに耐えながら、そして、身
    長は圧迫骨折で20センチ近くも短くなったので、歩く時も後
    ろからみると、ペンギンのようです。でも、イエス様を信じ
    ているので、毎日感謝して喜んで生活しています。
    必ず、天国に行くことが出来るからです。その日を楽しみに
    待っているのです。

    「神様のなさることは、すべて時にかなって美しい。」(伝
    道者の書3:11)。

    とある通りで、神様のなさることにはすべて意味があって、
    信じる者にとっては無駄なことは一つもありません。は常に
    共におられて慰めと平安で満たしてくださいます。

    主の平安が皆様の上にありますように・・・。シャローム。

                      主の小さな僕より。

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